インディペンデント・キュレーター飯田志保子さんの講演を聞きました。テーマは、「なぜ私たちは”アジアの現代アート”を話すのか?」

講演のなかで僕が興味を惹かれた部分をメモから書き起こしました。

その地域固有のオリジナリティ、それを追求することは非生産的だ。文化のオリジナリティは国家同様、破壊されてしまう可能性を秘めている。あえて地域のオリジナリティを定義するならば、異文化に取込まれても残るものと答える。例えば「寿司」は酢飯にネタが乗っている、あるいは、巻かれていればそれで寿司である。他国の寿司屋で出される寿司ネタが魚介類から別のものに変わっていても、やはり寿司なのだ。そういったものが地域固有のオリジナリティと呼べるだろう。


歴史は主観的に作られている。改変可能だ。地域固有のものを「自然現象の捉え方、食文化、人々の気質」といった感覚的なものに求めることには違和感を覚える。感覚に求めるならば歴史に目を向ける意味が無くなってしまう。


制作はハイブリッドなものであり、様々な影響を相互に与え、創発現象を起こしている。そこが面白い。「風が吹けば桶屋が儲かる」といった連鎖反応が面白みなのだ。ハイブリッドなものでも固有になりえる。


アジア対西欧といった二項対立は不毛だ。近年、韓国・中国は自国の文化を熱心に売込んでいる。アジアアート主義とでも呼べるものを作ろうとしているようで警戒してしまう。何故なら、このような動きは二項対立しか生まないからだ。


TWSopenstudio

トーキョーワンダーサイト青山:クリエイター・イン・レジデンス「オープン・スタジオ」7/21(sat)

ゲスト・トーク 飯田志保子氏(インディペンデント・キュレーター。1988年より東京オペラシティアートギャラリーの開館準備に従事し、2009年まで同館キュレーター。2009年から2011年に、クイーンズランド州立美術館(オーストラリア)にて客員キュレーターを務め、その後、韓国国立現代美術館2011年インターナショナル・フェローシップ・リサーチャーとして、ソウルに4ヶ月滞在。現在、愛知トリエンナーレ2013のキュレーターとして活躍中…パンフレットより)