Aさんは彫刻を学んでいる大学院生だ。彼女の周りにいる年長者の幾人かも、アーティストの夢を諦めた。さぞや悔しいだろうと思うが実際は、制作のプレッシャーから開放され、晴れ晴れしているという。
「いつか誰かが〈もう止めろ〉と言ってくれるのを待っていたのかもしれない。」

学校にいる間は仲間もいる、先生も批評してくれる、制作するスペースもある、そして若いからエネルギーもアイデアも湧く。
社会に出てからが大変だ。学校にいる利点のほとんどが無くなってしまう。
「何故、作るのか?」その答えは自分の中だけにしかない。

考え方を変えると、「何故、作るのか?」が見つかってから制作を始めてもいい。技術は若いうちに身につけるのがいいだろうが、技術で勝負出来ないぶん、したたかさで補う手もあるだろう。

アーティストであるべきだという「べき論」もおかしい。パートタイム・アーティストで構わないじゃないかと思う。

経済とアートは、永遠のテーマのように思うが、お金と作品の交換を考えなければすっきりする。
制作と、発表に必要なお金は、自分のテーマに共感する人を見つけてクリアすればいい。そこが、難しいと言われそうだが、努力するしかないだろう。あるいは、自腹を切ると決めるか。それもアリだと思う。

「出来事を作る」のがアートだと僕は思う。だからアートを趣味とか仕事に分けるのは無意味だ。「作れば」いいのだから。作りたい時が来たら作れば良い。作った作品をどうするかは、出来てから考えることだと思う。